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zoom RSS 印度亜大陸一周彷徨記、第十三回 / 13'年1月15日〜現存日記手帳分(下)

<<   作成日時 : 2014/04/20 01:55   >>

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乱反射し続ける
我らが生の眼差し
プルシャよ
去勢され行く
時の果実を奪い戻す時は今

岸に打ち上げられた
死に魚の瞳
痛みを分け合えぬ
欲望の火輪
夜通し泣き続ける
赤子の傍らで
闇が、どこまでも拡がって行く
幾億と塗り重ねられた過ちは
古い仏画の絵具のように
ぼろぼろと剥がれ落ち
あらわとなった景色の向こう側
智慧の樹が
強く風に煽られ
大きな枝が軋むと
聖者はその傍らで
最期の笑みを浮かべた

歌が聞こえて来る
この深い闇の真ん中で
焚き火を囲み円舞する
ラジャスターンの踊り子たちよ
ジプシーの始祖たちよ
清らかな一筋の涙のように
まだ微かに瞬いている明け方の星のように
深く、深く歌っておくれ

曲がりくねった山道のように
灯火が流れを下って行く
生と死の曵き舟を越えて
第三の眼で
真実を語る者、その名はシヴァ

わたくしは
あなたの裡にある万物の脈動に
深く、帰命致します
第三の眼で
真実を語る者、その名はシヴァ
またの名を、嵐
またの名を、静かな波
ある朝には、曙光として
またある時には、抱き寄せられる者として
清らかな流れ、またある時には
深い、深い闇
力強い音楽
陶酔への渇えを満たす盃
あなたの首筋を伝い零れ落ちる一筋の流れは
わたくしたちの
命の源です

歌が聞こえて来る
この深い闇の真ん中で
焚き火を囲み円舞する
ラジャスターンの踊り子たちよ
ジプシーの始祖たちよ
清らかな一筋の涙は
まだ微かに瞬いている明け方の星は
深く、深くわたくしたちと共にあります

「歌が聞こえて来る」


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エレファンタ島石窟寺院、第一窟シヴァ神三面上半身像 2013/01/16


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2013/01/15
Goa, Anjuna Beach(海水浴等)〜Mumbaiへ(夜行バス泊)

1/15 9時起床、10時チェックアウトで宿のおばさんに荷物を置かせて貰い、朝食(2ブレッド+ゆで卵2個)をレストラン、OASISで。廣田さんもリョウタくんもいなかった。取り敢えず、昨夜のビーチへ少し迷いながら向かう。奇麗な砂浜と岩礁である。「ソープ?」と、耳に石鹸の泡が付いているよ?と騙してその隙に耳にピアスの穴を開けようとする男達が二人いたが、そんなにうるさいほどでもない。「ハッパ?コカイン?」と聞いて来る売人の男達も、デリー等のリクシャー客引きのようなねちっこさはなく、少し断れば押して来ない。暫く浜を歩き、手頃なビーチで麦酒を買い、ケルアックの『ダルマ・バムズ(旧邦題、禅ヒッピー)』を1時間少しぐらい読む。オフシーズンの為か客も少なく、とても過ごしやすい。ゴアには、もっと長くいたいと思わせる居心地の良さがある。午後、町へ戻ると、OASISに廣田さんとリョウタくんがいた。それからネットショップに戻り、『ダルマ・バムズ』の事をフェイスブックに書く。その後、昼食時にOASISで廣田さんと合流し、プーナム(宿名)でリョウタくんとも合流。ビーチへ三人で向かう。リョウタくんは三週間ゴアにいたようで、名残惜しそうに、浜や自分の写真を撮っていた。私はその後、手荷物を浜辺にいる廣田さんに見てもらって、海へ。それなりに波は強く、砂が波間に混ざり込む感じであったが、十分海水浴を楽しむ事が出来た。昨年の夏は、ずっと山にいたので、この新年に二回海に入れて良かった(一回目は、1/6のマハーバリープラム)。16時頃、リョウタくんが先に帰り、私達も16時半頃、それぞれの宿へ戻る。廣田さんが、17時に私のバスが出る四辻に見送りに来ると言っていたが、バスが早く来た為、16:50にバスでマプサへ。軽食のバナナを食べ、バスの窓からインド人を真似てバナナの皮を林の中へ投げ捨てた。その後、18時にはパナジ。予約していたバスはAC(エアコン)付きで椅子もゆったりとしていたが、ACは寒過ぎた。安いバスでも、全く私は構わないと思う。21or22時頃(?)夕食でバスは停まり、ベジフライライスを食べたが旨かった。バスがいつ出るのか分からないので、休憩中は終止落ち着かなかったが、食事休憩時は45分くらいは十分停まるようだ。危険なのはトイレ休憩である。一度は、休憩で乗客みんなが小便所に並んでいると、いち早く小便を済ませた運転手が、勝手にバスを発車させてしまった事もあった。小用最中の男は慌てて社会の窓を閉め、私達並んでいただけで碌に用も足せなかった男達と共にバスを追いかける。笑えるが笑えない事態である。休憩所は決まって闇に浮かぶ小島の如くであり、こんな所に荷物も持ってかれてバスに乗り遅れてしまえば、一巻の終わりである。


画像



ゴアは、アンジュナ・ビーチへやって来た。
かつてのヒッピー達の世界からの隠れ場所である。
今は、夜ともなれば欧米人達のゴア・トランスの園と化すこの浜辺も、
日中は、現地の釣り人、幾人かの海水浴客、牛たちののどかな園。
こういう呑気な海辺の町へ来た時は、いつも読書三昧と決めている。
この旅でずっと読んでいるのは、ジャック・ケルアックの「ダルマ・バムズ」。
ケルアックとゲイリー・スナイダーの若き日の友情を描いた物語だが、
二人が真剣に仏教を学んだり、登山道具を一式揃えて、強行登山を実践する様子や、
新しい生き方を、あーでもないこーでもないと試行錯誤する様子が、面白可笑しく描かれている。

”この現代社会の人間共は、商品を消費するように仕込まれている。
消費する権利を得るためには、セッセと働いて稼がにゃならん。
つまり、労働、生産、消費、労働、生産、消費、という無限の循環に巻き込まれて
逃れられなくなっているのだ。ダルマ・バムズは、この社会一般の要求を拒否する。
消費する必要のないものは、一切消費しない。(中略)おれには、リュックサック大革命のヴィジョンがある。
何万人、いや何百万人ものアメリカの若者達が、リュックサックを背に、放浪しはじめるのだ。
山へ入って修行し、子供達を喜ばせ、年よりをしあわせにし、若い娘達を嬉しがらせ、
年よりの娘達をもっと嬉しがらせて歩きまわるのだ。皆、禅の風狂の精神を学んで、
その時その時、とっさに頭に浮かんだ句を手帳に書き止めて詩を作っていく。
人には親切で、奇行を実践し、それによって無限の自由のヴィジョンを万人に与えつづけて行くんだ。”
ダルマ・バムズ、第二章より。 ― 場所: Anjuna Beach, Goa

「闇夜の休憩地」

ふと、目が覚め
どうやら休憩の時間のようだ
と気づく

薄汚れた
廃車寸前に見える印度バス
排ガスに煤け、窓枠に窓ガラスはない

乗客はそそくさと下車し
食堂の灯りの中へ
羽虫のように誘い込まれて行く

屋外にある小便所
便器はなく、男たちはただ
ゴミと泥にまみれた
小便の水たまりを
大きくするだけのこと

ぽっかりと浮かんでいる
闇の中で
数台のバスと食堂の灯り

チャイを啜る者
ビーディを吹かし
闇の向こうを見つめ、唾を吐く者

ぽっかりと浮かんでいる
時空から切り離されて
口を開く者とてなく

闇の中で
数台のバスと食堂の灯り

https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157640630195553/

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2013/01/16
Mumbai(インド門、エレファンタ島等)〜Aurangabadへ(夜行バス泊)

6:30、早くもムンバイに着。途中下車する客を気にしながらも最後まで乗っていたが、良く分からない場所で下ろされた。陽はまだ昇っていない。取り敢えず、歩いている人の流れについて行ったが、彼等がみな大きな建物の中に吸い込まれて行ったので、その一人に駅を尋ねる。駅はすぐに見つかり、ホームにはチャーチ・ゲートとある。ようやく居場所が分かった。ムンバイ特有の古びたクラシックな風情のタクシーに乗り、一度少し内陸の宿へ向かうが満室。折り返して貰って、インド門近くのサルベーション・アーミー(救世軍)の所で下ろしてもらうが、ここも満室。9時まで待てと受付は言う。仕方なく、タージマハル・ホテルの前を歩き、インド門でチャイを一服。眼前の湾に、ちょうど朝陽が昇って来たところで、風情のある光景であった。インド門から、エレファンタ島へのボートが出ているのが分かったので、9時の始発便に乗り込む。乗って、朝食代わりにスナックを食べていると、「あ、日本の人だ。」と、私のガイドブックを見て、右に座った男があった。彼は瀧川さん。彼はインドを私とは反対の反時計回りに回っていて、なんとレーやダラムシャーラーにも行ったと言うので、色々と詳しい情報を貰った。エレファンタ島見物は、彼と二人で周り、昼食を島で摂る。やはり彼とも、インド社会の欠点や改善点について話し合う。エレファンタ島では、世界遺産の石窟群や近代以降の砲台跡等を見る。石窟内は暗いので、写真はデジカメよりiPhoneのカメラの方が風情良く撮れた。再び、ボートでインド門へ戻る。島からの行き帰りに、謎の工業島や海軍基地の軍艦等が見えた。時折、ゴミがプカプカと浮いている。彼とはボートを降りて別れた。彼の話によると、レーのゴンパ巡りが一番良かったそうだ。レーへ行ってみたい。そこからまた全荷物を背負い、チャーチゲート駅まで歩いて行ったが、やはり荷の重みががこたえた。だが、ムンバイの街中にある西欧建築をいくつも見る事が出来た。チャーチゲート駅から近郊線に乗って、ムンバイ・セントラルで下車、近くのバス・ターミナルへ向かい、アウランガーバード行きのバスの時間を確認する。そこから歩いて、ドービーガードへ向かう。迷う事はなかったが、一駅分歩くだけでも全荷物を担いでの移動は苦しかった。ドービーガートは、100年以上の歴史を持つ、ムンバイ市最大の屋外洗濯場である。やっと辿り着いた高架橋下に、ドービー・ガートがあった。背後にそびえ立つ高層住宅群とは対照的な、灰色のトタン屋根の中に、白い洗濯物が大量に風にはためいているのであった。ガートの辻では、人々がタクシー修理のボンネット越しに井戸端話に花が咲き、ムンバイの庶民の暮らしが垣間見れた。あの大ヒット映画、『スラムドッグ・ミリオネア』のロケで更に有名となり、スラムドッグ・ミリオネア・ツアーなるものもあるらしい。しかし、それに参加したある日本人客は、公害で身を持ち崩したと、旅中誰かに聞いた覚えがある。ガートは思ったより規模こそ小さかったが、混沌の中にもある種の秩序ある洗濯風景を見る事が出来た。近くのマハ・ラクシュミ駅からセントラル駅へ戻る。バスは、17:30発予定だったが、結局18時頃に出た。


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https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157640676221035/

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2013/01/17
Aurangabad〜Ellora(エローラの石窟群)〜Aurangabad

4:15、早朝にバスは、アウランガーバードに着く。最初、本にはムンバイからの所要時間8時間とあったので、深夜2時に着くかと思ったら、結局5時に着くと言われて4時着であった。着いたそのバス停で、6時過ぎまでウトウトとベンチで眠り、6時半のバスでエローラへ。朝焼けが、岩の多い乾いた大地を鮮やかなオレンジ色に照らしていた、世界遺産、エローラの遺跡群は、幾つかの丘を跨いでいて、まずオートリクシャーで250ルピー払い、奥まで案内して貰い、結局、全ての石窟を観る事が出来た。石窟群は、ジャイナ教、仏教、ヒンドゥー教の三タイプに別れていて、最大の見物は、巨大な岩盤をそのまま彫刻して作った巨大なヒンドゥー神殿、カイラーサーナタ寺院であった。黒々とした神殿に、数多くの数学旅行生が訪れていた。再びアウランガーバードまでバスで戻り、そこからオートリクシャーにて、市街のアウランガーバード駅へ。リクシャーの男がまたいつもの事だが、やたらとおせっかい焼きで、彼が一方的に薦めて来るホテルを拒み続け、自分の希望した駅前のプシュパック・リージェンシーへ向かって貰う。カウンターに入ってチェックインしている最中も、そのドライバーはついて来て、まだ私を彼薦める宿へ連れて行こうとする。本当に強情者である。やっとの事で、彼を追い払う。その後、駅へ。やはり宿があると、荷物も全部そこに預けられるし、気持ちも心持ち落ち着くのだった。駅では、切符取得が難航。アウランガーバードからの北インド主要都市(ジャイプール)への直通列車がない。仕方なく、一旦アーグラーまで行き、そこからバスを使うつもりである。初めてSL(二等寝台)がなく、3AC(一等エアコン寝台)で切符を取った為、1,000ルピー越えと高くついてしまった。おまけに、明日は、その特急は13:40頃に出発だと言う。明日は、ここから100km以上先にある、アージャンター遺跡へ往復して帰って来るつもりだったのだ。ホテルに戻り、隣のホテル前で立ち話していた男達にこの事態を相談すると、その中の一人の男が、自分の車で1,800ルピー、片道2時間、往復4時間の荒技で引き返してくれると言う。しかし、今夜ここで泊まってかつ明日アージャンターへ行くには、これ以外に選択の余地はなかった。シャワー、夕食、明日は朝6時、この宿に彼が迎えに来るので早めに寝ようと思う。プシュパック・リージェンシー 22:15


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https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157640815153294/

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2013/01/18
Aurangabad〜Ajanta(アジャンターの石窟群)〜Aurangabad〜Agraへ(列車泊)

5時15分起床にて、6時15分頃ラジュが車で迎えに来る。まだ真っ暗闇の宿の玄関に立っていると、ほどなく彼が車に乗って現れた。ラジュは私に、仕事は何か、結婚しているのか等、みんなが私に聞いて来る質問をした。彼は、このように個人タクシーで生計を立てているとの事だった。子供は二人、アージャンターまで、約100kmの道程を片道2時間と言うわけで、終止猛スピード、ラジオの音楽チャンネルはやたらとガチャガチャと変えるし、対向車線のトラックを前に見ながら、ギリギリの線で追い越しをかけたりして、なかなかのハンドル捌きであった。まるで、『路上』のディーン・モリアーティ(ニール・キャサディー)である。アージャンターの石窟群は、壁画保護の為、薄暗い照明に照らされていて、そんなに良くは見えなかったが、その朧げな光景が、ある意味で原始仏教の物語の幽玄性を語っているかのようでもあった。日本の教科書に載るくらい有名な、蓮華手菩薩や金剛手菩薩の絵像は、艶かしい褐色のインド人の姿で描かれていて、仏教というものが、インド人によって始まったのだと言う当たり前の事を、改めて肌身に感じる事が出来た。第26窟の仏陀涅槃像等は、なんだか楽しい夢でも見ているかのような微笑みを浮かべていた。帰りのラジュは、更に慌てた運転になり、彼のテクニックを信用してはいたがやはりちょっと怖かった。アウランガーバード一帯は、現在はイスラム教徒達の街でもある。込み合った通りの真ん中では、年頃の女の子達が原付に跨がって、ピンクの鮮やかな服に頭から足の先まですっぽりと包んだ姿等があり、とてもお洒落であった。無事に、列車に間に合うようにアウランガーバードに着くと、ラジュは、さすがに疲れたようで、結構焦ったぜ、少し多く払ってくれよな、と主張するのだった。


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https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157640963847204/

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2013/01/19
Agra〜Delhi〜Dharamsalaへ(終日移動、夜行バス泊)


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日記なし。

2013/01/20
Dharamsala(チベット寺院、ダライ・ラマ法主公邸、チベタン博物館等)

アウランガーバードを一気に北上、懐かしのアグラー、デリーを経由して、
チベット亡命政府の拠点、ダラムシャーラーに着いた。夜行バスの窓から、
日の出を背に受けたヒマラヤの絶壁と集落が見えて来た時、その美しさもさることながら、
国を略奪され、空身ひとつでこの天嶮を越えて来たチベットの人たちは、
どんなに悔しい思いをしたものかと思うと、凄く切ない気持ちになった。
町は思った以上に、のほほんと穏やかだ。ー 場所: ダラムシャーラー

ヒマラヤを越えて、チベットの人々が国を追われ辿り着いた小さな小さな山間の町、ダラムシャーラー。人は、他者のものを奪ってはいけない。みだりに人を傷つけてはいけない。その教えを護って来た人々が、人に傷つけられ、人のものを奪う人々によって迫害されると言うこの歴史。町中のチベット人達はそれでも、彼等の持ち前の穏やかさで生活を続けて行く。そこには、本当の祈りが込められている。祈る事と生活を営む事の同義性。その事をチベットの人々は教えてくれる。身をもって。その忍耐と寛容の精神こそ、私の道の本質として在るべきであり、私の新たな精神生活の要と成らねばならない。もっと、実際の史実、彼等人々について学び、出来るなら、チベット、レー地方にこそ、次の機会に訪れてみたい。

今夜は
息白く冷え込む
犬達は吠え続け
私は、毛布二枚に
掛け布団一枚を寝袋にのせ
眠る事とする

祈りある生活の第一歩として
ダラムシャーラーへの私の巡礼

於 ダラムシャーラー
1/20 23:53


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「五色のこころ」

巨大な変成岩は
そのままこの星の制空権を突き破り
凝固した水とともに
鎮座している

旗めく五色のこころ
定根・金剛・精進・清浄・忍辱
その巨岩は、大地の母、世界の頂上

心穏やかに揺るぎなく
清らかな心において
惑いと迫害に耐えよ

巨大な変成岩は
そのままこの星の祈りさながらに
凝固した火とともに
鎮座している

旗めく五色のこころ
定根・金剛・精進・清浄・忍辱
その巨岩は、大地の母、世界の頂上

心穏やかに揺るぎなく
清らかな心において
惑いと迫害に耐えよ

巨大な変成岩は
そのままこの星の祈りさながらに
凝固した風とともに
鎮座している

旗めく五色のこころ
定根・金剛・精進・清浄・忍辱
その巨岩は、大地の母、世界の頂上

鏡の如く明らかに
分け隔てなく
本質の深奥を探り
我らが智慧を行うべし


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https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157640965973964/

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2013/01/21
Dharamsala〜Pathankot〜Amritsar(終日移動)


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日記なし。

2013/01/22
Amritsar(スィク教総本山=黄金寺院、印パ国境)〜Delhiへ(夜行バス泊)


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一緒に印パ国境見物に出掛けた、AmitとSumit。再会を期しての別れ。

https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157641065461684/

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2013/01/23
Delhi〜Jaipur〜Jodhpur(終日移動、バス・ターミナル泊)

日記なし。

2013/01/24
Jodhpur〜Jaisalmer(キャメル・サファリ、タール砂漠野営泊)


北西インドは、砂漠の国ラジャスターン。印パ国境付近に横たわる、
タール砂漠ど真ん中の街、ジャイサルメールに今朝到着。今日はこれから、
ジープ&ラクダで砂漠を旅してみる。初めての砂漠での野宿。 ジャイサルメール周辺 2013/01/24


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「もう少しで月は」

このバスは
砂漠の国、ラジャスターンを行く

日が暮れると
バスが行く車道の両側は
荒れ野が拡がっているのみで
家々の灯りは
疎らである

今夜は、ジョードプル
明日の朝には、ジャイサルメール
心の彷徨うまま
砂漠の街々に
私の心の声を尋ね歩く

もう少しで
月は満月に届く
砂漠の野営では
煌々と
照り輝くに違いない

「一月二十四日午前二時三十分」

一月二十四日午前二時三十分
印度共和国ラジャスターン州
ジョードプル
セントラル・バス・ステーションの野外ベンチで
午前四時四十五分発のバスを待つ

私にとって、印度に来て以来
最も贅沢な夜

同じく宿を取らず
待合い場で野宿を決め込んだ多くの印度人が
床に布を敷き、頭からつま先までショールに身を包んで
寝息を立てている。

散らかったゴミ、誰かの吐瀉物
同じベンチで寝ている者の、寝返りを打つ振動が伝わって来る

ずっと開いたままの売店
ある者は立ち尽くしたまま
じっと時が流れるのを待ち
この場にいる唯一人の異邦人である
私の一挙手一投足を気にしている

ダルマ・バムズを第四章まで読んで
小便をし、煙草を一本四ルピーにまけて貰い
売店のマッチで火をつける

三十で、煙草は完全に絶ったのだが
この贅沢な夜に吸ってみたくなり
吸ってはみたが、やはりもう
煙草を美味いとは
感じなくなってしまった

小さな子供が
祖父母と一緒にバスを待っていて
こんな時間なのにまだ起きている

私の隣で、ショールに身を包み
ベンチの上にしゃがみ込んで丸くなっていた男は
ずっと私を見ていて、時折私に現地語で話しかけていたが
ウトウトしていたかと思うと、やがて立ち上がり何処かへ行ってしまった。

虫の微かな鳴き声と
鼾、子供の喋り声、車の走る音が遠くから少し
この儚い夢のような印度の夜が
じっと、静かに明けるのを待っている
ジャイサルメール行き始発バスまで、後二時間

少し眠ろう

明日の夜は
砂漠で過ごせると良いのだが

「砂紋」

ラジャスターンのタール砂漠で
もうすぐ、日が暮れようとしている
栓を空けた、キングフィッシャーの瓶の口先が
微風に吹かれて
鳴いている

私たちを乗せて来た駱駝は
荷物と鞍を下ろされて
その背中と頭に
小鳥たちが何羽も憩うている

駱駝引きののラディス翁が
夕飯の為の
薪を拾って来た

砂漠の誠の砂は
柔らかく、埋めた足は心地よい
そして、夕陽が暮れて行く
日々の瑣末事等
この砂漠の砂、一粒一粒ほどに
儚く無情に移ろう、波紋の如しである

https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157641258484635/

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2013/01/25
Jaisalmer(キャメル・サファリ)〜Jaipurへ(夜行バス泊)


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日記なし。

2013/01/26
Jaipur(アンベール城)〜Delhi(航空機遅延の為、空港泊)

遂に、今夜でインドともお別れ。一日一回は、インド人と喧嘩してた気がするけど、ホント、憎めない奴ら。バイバイ、インディアン!


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https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/sets/72157641311428814/

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2013/01/27
Delhi(未明出立)〜中国広州(航空機遅延の為、入国広州一泊)

結局、デリー発広州乗換の便が、予定より3時間遅れた為に、乗り継ぎ出来ず、27日は中国入国の広州泊。偶然、空港職員案内係の男の子が洩らした言葉、「麦酒呑みたい…。」に同意した所、午後、彼と広州の街を呑み歩くことに。彼ら普通の中国の若者の、日々の愚痴から、彼らが今の政府に、雇用経済的な面や、情報通信規制の面等で、かなりの不満を持っている事、むしろ自由度の高い日本や台湾に好意を抱いている事なんかが分かって興味深かった。僅かな時間ながら、オモシロ可笑しい時を過ごさせて貰った。その後、青島麦酒を十本以上呑んでいた彼は、結局酔い潰れ、私のホテルのベッドで撃沈。日本じゃあり得ない、ジョン・レノン好きの愉快な男。広州に行ったら、また会いたいね。


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2013/01/28
中国広州〜成田帰国


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日記なし。

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Flickr / Dharma Bums

https://www.flickr.com/photos/116171756@N05/

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父、Ravi Shankarを悼む気持ちに包まれた、二人の娘の共演作より。



Anoushka Shankar - Traces Of You ft. Norah Jones



River Pulse (Live) - Nitin Sawhney with Anoushka Shankar



Anoushka Shankar sitar solo From "Concert For George"
at the Royal Albert Hall in London on 29 November 2002 as a memorial to George Harrison

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