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ボブ・ディランなんて知らない。知っているのは音楽好きの若いアメリカ人。 僕はその若さだけ信じてた。僕はただ、その若さだけ信じてる。-友部正人 30日は、友部正人の35周年記念・35曲ライヴを観に行く。 場所は友部さんの東京でのホーム・グラウンドとでも言うべき、吉祥寺STAR PINE'S CAFE。 今回のライヴは、デビュー35周年を記念した同数の歌を歌うという趣旨の長尺ライヴ。 今年の9月からは、横浜のBankArt1929ホールでパスカルズと一緒にレコーディングを 開始されたそうで、同バンドのロケット・マツさんが作曲して友部さんが歌詞を付けたという、 「夜更かしの続きは」と「あの頃」という新曲2曲も披露された。ロケット・マツさんは、 表情豊かなピアノ&ピアニカを弾く方だ。この曲たちは彼のピアノと友部さんの歌のみという シンプルな構成。あくまでも主役なのは、メロディを伴った言葉の土筆たちなのだ。 「ポロンポロンとギターを弾いて、それに言葉をのせていく。そんなのがぼくの歌です。できる だけギターでは何もしない。できるだけ声では何もしない。何もしなくても聞こえるなら、 それが歌のような気がします。(2005.6.21友部正人・エッセイより)」この話を読んで、 僕は最近とあるミュージシャンに言われた言葉を思い出した。その人は僕のギターの奏法が アルペジオメインになって来た事を褒めていたように思う。ただ、ギターをジャカジャカやる のは誰にでも出来るからね。という話にはどうも違和感を感じた。僕は正直言って、ギターを ジャカジャカ感情の赴くまま弾くってスタイルが大好きだから。誰にでも出来るから、誰もが 音楽を始めたのだ。僕がギターが上手くなりたいなと思う時は、自分が思っているように、 歌の思いが伝わるように弾きたいなと思うだけのことだ。友部さんのやり方を観ていると、 自分の歌に対する腰の落ち着けどころが見えて来そうな気がする。肝心要は歌の心だ。 今回、良い歌だなと思ったのは、「ぼくは海になんてなりたくない」と、「サン・テグジュペリは もういない」。前者の歌は、「ボブ・ディランなんて知らない。」という印象的な言葉で 始まる滑稽な歌で、「知っているのは音楽好きの若いアメリカ人。ぼくはその若さだけ信じて た。僕はただ、その若さだけ信じてる。」と言葉が続く。1974年、友部さんはJack Elliotの 来日ツアーで共演し、そのまま単身渡米してしまう。今回のライヴのMCで知ったのは、 当時24歳くらいの友部さんは(状況は詳しく分からないが)、アメリカに着いたら、空港で ボブ・ディランが待っているものと思い込んでいたらしい。それで「彼に酷く裏切られた」 気持ちになって書いた歌なのだそうだ。「海を見ている僕は、まるでボブ・ディランのようだ ね」ともあるこの歌は、正直言ってボブ・ディランのことしか頭にない音楽好きの青年だけが 陥ることの出来る、素敵な思い込みソングなのだ。「基本的に思い込み人間なので…。」 と客席の笑いを誘う。こんなにボブ・ディランに愛情を寄せた歌を、僕は知らない。それで、 勘違いしてほしくないのは、ここで用いられている固有名詞としてのボブ・ディランは、 友部さんにとっては、ボブ・ディランであったということなのだ。自分が好奇を寄せる対象に 対してどんな態度で望むのかは、人によっていろいろあるのだろうけれど、明らかにボブ・ ディランは今日において、ひとつのアティテュードとして捉えることも出来る。ロバート・ アレン・ジマーマンという音楽好きの青年が纏った魔法の衣、ボブ・ディラン。 「やれることはすべてやり尽くしていた。身の回りのすべてが古臭く見え、もう何も変えられ ないと感じた。ボブ・ディラン/自由に生きる言葉」「あげるものももらうものも まるでないまま / 自分のためにだけ生きようとした 友部正人/にんじん」この気持ちは、 20歳そこそこのロバートも、同じ年頃の友部さんも、同じ気持だったんじゃないかな。 In August 1964, twenty-one-year-old photographer Douglas R. Gilbert, on assignment for Look magazine, journeyed to the then-obscure upstate New York hamlet of Woodstock to photograph an up-and-coming folk singer named Bob Dylan. http://www.foreveryoungbook.com/gallery.html# 後者の歌、「サン・テグジュペリはもういない」は、フラワーカンパニーズの鈴木圭介さんと 作った歌で(友部さんが作詞)、サン・テグジュペリはもういない。そして僕らの時代が やって来る。だけど僕らもいつかはいなくなる。そしてあとには誰もいなくなって、 サン・テグジュペリが飛んだあの青い空だけが残される。というような悠久に思いを馳せる 歌。この歌は、今のところレコーディングのあてはない、彼らの永遠の新曲なのだと言う。 もう一度聴きたいと思ってもいつ聴くことができるか分からない幻の歌でもあるのだ。 丁度最近、ポール・オースターの自伝で、彼の母親が若い頃、セントラルパーク・サウス 240番地の、コロンバス・サークルを見渡す角のビルに住んでいたという話を読んだ。 (日本の真珠湾攻撃直前の1941年頃、サン・テグジュペリもこのビルに偶然移り住んで 来ていた。彼は1640年のフランス軍敗北後に除隊となり、しばらくこのビルに移り住んで 来ていたと言うのだ。そして彼はNY滞在中に、あの『星の王子さま』を執筆した。 フランス語学習の必読児童書でもある、あの『星の王子さま』は、NYで書かれたもの だった。そしてポールの母親は正にその時期、同じビルに住んでいて、『星の王子さま』が 書かれようとしていた事も、彼の存在も知らず、彼の死も知らなかった。) それで、『星の王子さま』を読んでいる真っ最中でもあったので、一際印象に残ったのかな。 Antoine de Saint-Exupe´ry / Le Petit Prince http://www.lepetitprince.co.jp/ ライヴは二部構成で、間に休憩を挟み、見え見えのアンコール(と、友部さんが言っていた。 何故なら終盤になって、友部さんが「今、何曲目だと思いますか?32曲やりました。 …。言わなきゃ良かったですね。」と言ってしまったからだ。だからアンコールで必ずあと 3曲やる事が見え見えになってしまったのだった。)を含めて3部構成。中盤では今年で デビュー20周年の三宅伸治さんがゲストで登場し、「一本道」や、「早いぞ早いぞ」に 軽快なギター・リフを添えていた。「早〜いぞ、早〜いぞ、この汽車は。ほら、西明石行きの の電車を追い抜いた!」この歌は、ホント好きだ。アメリカのフォーク・ミュージックの成り立ち を考えれば、列車のガタゴトと線路の上を走る音のリズムは、切っても切れない関係だ。 時折、パスカルズのメンバーを交えて音色豊かな歌を披露もすれば(おそらく、次の新作 の音像はこのライヴから伺い知れる事が出来そうだ。)、一人でギター1本のみで歌う シーンもあり、やはり演目中一番グッと来るのは、一人で感情を爆発させている友部さんだ。 友部さんの歌を聴いていると、これがフォークだとかジャンルは何だとか、正直バカバカしく 思えて来る。どこかの国の人が、どこかの国の言葉で、どこかの国の楽器を使って、どこかの 国で歌を歌う。ただそれだけの話。「分からない言葉で歌って下さい、僕も分からない言葉で 歌うから」という、長いタイトルの新曲があったけれど、ただ本当にそれだけなんだと思う。 そう言えば、イギリスのビート・バンド、The La'sのリーダー、リー・メイヴァースが イイ事を言っていたのを思い出す。「そもそも、すべての音楽は“フォーク”だろ?だって、全部 ピープル、人々のためのものなんだからさ。」そう。それは、金儲けの道具なんかじゃない。 それは、身に纏う事で流行に乗れる服でもない。ましてや一部の音楽好事家のおもちゃでも ない。歌う人と、聴く人すべての人々を繋ぐ見えない絆。断ち切る事は誰にも出来やしない。 終演後、休憩中に手に入れた友部さんの新刊、「ジュークボックスに住む詩人2」の裏表紙 にサインして貰う。僕の前に何人か女性ファンの方がいて、サインの後にケータイ・カメラ で一緒に撮ってもらったりしていたが、(僕の前の女性のは、自分が撮る事になったのだけ ど)一方友部さんは、なんか全然写真に写るのが慣れていない少年のようなぎこちなさで、 ちょっと面白かった。その後少しだけ、マネジャーでもある奥さんの由美さんに、イベント招致 の件に関して、どのようなスタンスでやられているのかお伺いする事が出来、自分の音源を お渡しさせて頂いた。お話した感じから、いつも新しいものにオープンな姿勢を貫いていらっ しゃるのだろうなあ、と思う。こう言った触れ合いの場こそ、友部さん流なのだ。 友部正人 / 早いぞ早いぞ 早いぞ、早いぞ この汽車は ほら西明石行きの電車を追い抜いた 君の街が近くなる 君の街がどんどん近くなる 目覚まし時計がジャラジャラ鳴ってる たちの悪い朝の始まりだ さあさ、急いで今日も遅刻だよ たちの悪い朝が威張り散らしてる それは長い旅の終わり 眠る浮浪者たちの足の隙間で目が覚めた 夜空で給水塔が凍り付いてた まだ寒い北国の駅の待合室 早いぞ、早いぞ この汽車は ほら西明石行きの電車を追い抜いた 君の街が近くなる 君の街がどんどん近くなる 朝の光で体が痛い 僕はデッキに立ち空を追う 田んぼの水がきらきら光ってる 涼しそうな僕が笑って映ってる 早いぞ、早いぞ この汽車は ほら西明石行きの電車を追い抜いた 君の街が近くなる 君の街がどんどん近くなる 広野にのたうつ緑の寝癖たち あとふたつトンネルを抜けたら京都の街だ プラットホームをスイスイちょんぎって 僕の乗ってる汽車は増々頼もしくなる 早いぞ、早いぞ この汽車は ほら西明石行きの電車を追い抜いた 君の街が近くなる 君の街がどんどん近くなる 友部正人 HP http://www5a.biglobe.ne.jp/〜hanao/tm-index.htm (〜は半角です。) |
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